2014年5月27日火曜日

夏を探しました。

天赦園の花菖蒲(はなしょうぶ)が咲き始めました。今年は、例年に比べて咲き始めるのがやや遅かったようです。色とりどりの花が咲き誇る様は壮観です。
 
 
 

 
 花菖蒲(はなしょうぶ)・・・
アヤメ科の多年草。ノハナショウブを原種として、日本で改良された。高さ約80センチメートル。葉は剣状でとがり、平行脈と中肋脈がある。初夏の頃、白・桃・紫色などの美花を茎頂につける。俗に「しょうぶ」というが、節句に用いるショウブ(サトイモ科)とは別。〈季・夏〉
 
菖蒲(しょうぶ)・・・
サトイモ科の多年生草本。根茎は水底の泥中に横たわり、葉は長剣状で80セントメートル余り。初夏、花茎の中程に黄緑色の小花を棒状に密生。葉は芳香があり端午の節句に菖蒲湯(しょうぶゆ)とする。根茎を乾して「菖蒲根」と呼び健胃薬とする。古くは「あやめ」と読んだが、アヤメ科のアヤメ・ハナショウブの類とは葉の形が似るだけで全くの別種。茸草。軒菖蒲。漢名、白菖。〈季・夏〉
 
 
ヤマボウシも咲いていました。クリーム色の優しい花です。 
 
山法師(ヤマボウシ)・・・
(「山帽子」とも書く)ミズキ科の落葉高木。山地に自生。高さ6~10メートル。葉は楕円形。夏、細花を球状に密生し、その周囲にある4枚の苞は白色卵形で大きく、花弁のようで美しい。果実は球状で紅色、食用。庭園樹とする。ヤマグワ。漢名、四照花。
 
 
              ユスラウメでしょうか?一つつまみたくなります。

ゆすらうめ(桜桃・山桜桃・梅桃)・・・
バラ科の落葉低木。中国原産。高さ約3メートル。葉は楕円形。春、葉に先立って葉のつけ根に白色5弁の小花を開く。花後、小球形の核果を結び、梅雨の頃紅熟、食用。ゆすら。漢名、英桃。〈季・夏〉。「山桜桃の花」は〈季・春〉。
 
 
鮮やかな朱色の花、キョウチクトウでしょうか? 
 
夾竹桃(きょうちくとう)・・・
キョウチクトウ科の常緑大低木。インド原産。高さ約3メートル。葉は細く革質、3葉ずつ輪生。乳液を含み有毒。夏、桃色の花を開く。白花・八重咲などの園芸品種もある。庭木とし、葉は強心・利尿に有効という。〈季・夏〉
 
 
                枝も折れんばかりのアンズ。まだ熟れていません。

あんず(杏子・杏)・・・
(唐音)バラ科サクラ属の落葉高木。中国の原産。果樹として広く世界で栽培、日本では東北地方・長野県で栽培。幹の高さ約3メートル。葉は卵円形で鋸歯(きょし・のこぎりば)がある。早春、白色または淡紅色の花を開く。果実は梅に似て大きく、初夏に実り、果肉は砂糖漬・ジャムなどにする。種子は生薬の杏仁(きょうにん)で、咳止め薬の原料。カラモモ。アプリコット。〈季・夏〉。「杏子の花」は〈季・春〉。〈下学集〉
 
〈下学集〉(かがくしゅう)・・・
室町時代の国語辞書。2巻。著者未詳。1444年(文安1)成る。意義により天地・時節など18門に分類して漢字をあげ、片仮名で和訓をつけ、漢文体で意義・語源を簡潔に注記する。
 
 
 
いよいよ宇和島にも夏がやってきました。 
 
 

2014年5月21日水曜日

    平成26年後期展 宇和島市立伊達博物館 祝 開館40周年
 
      「モード★伊達 ~おしゃれ大名のよそおい~」
 
     期間:平成26年6月20日(金)~12月24日(水)
 
 
天正19(1591)年3月、朝鮮出兵のため京都を発つ伊達政宗の軍勢に人々は驚嘆しました。彼らの装いは、紺と黒を基調に金色・銀色を随所に使い、さらには豹の皮・孔雀の羽根などもあしらった華麗なものでした。その「伊達」な装いは語り継がれ、以降、伊達家はセンスのよい家中として知られるようになりました。
 

 その政宗の長男秀宗から始まる宇和島伊達家には「伊達」の名にふさわしい重厚で華麗な装いに関する品々が伝来しています。今回の展示では、宇和島市立伊達博物館の開館40周年を迎えたことを記念して、館の名称でもある「伊達」にちなみ、宇和島伊達家に関する大名家の「伊達」な装いを紹介します。
 
 

 第1展示室 男の装身具 ~藩主のよそおい~

宇和島伊達家の藩主が身に付けた武装具、衣装や装身具を展示して、宇和島伊達家の藩主の装いを紹介します。

 第2展示室 女の装身具 ~姫のよそおい~

宇和島伊達家の女性たちが身に付けた衣装や簪(かんざし)などの装身具、懐剣・薙刀(なぎなた)などの武具、さらに香道具や和歌などを展示して、宇和島伊達家の姫の装いと教養を紹介します。

 第3展示室 メイキャップ★モード ~近世蒔絵の化粧道具~

宇和島伊達家に嫁いできた夫人たちが持参した化粧道具を展示し、大名家の姫の部屋を彷彿とさせる空間を紹介します。
※第4展示室では、企画展「伊達家の祈り」を同時開催中です。




(展示品の中から) いずれも(公財)宇和島伊達文化保存会所蔵

朱地藤文縫取小袖 
 
朱地に藤と七宝の文様を、金糸も用いて縫いとった華やかな小袖である。宇和島伊達家の女性が着用したものと考えられるが、誰の所用かは伝来していない。
  
 

  三徳(鶴模様)  1具
 
銀綴(つづれ)織に白い鶴と紺の雲文様が描かれている。煙草入と共裂(ともぎれ)で揃えられている。綴錦は、女性用の煙草入の素材としてよく利用される。見るからに豪華な雰囲気のものであり、庶民にはあまり用いられず、公家・武士・富裕町人などの階層が使用した。
本資料は、明治6年(1873)4月12日英照皇太后が伊逹宗城邸において直に下賜された。
 
 
 
                    
 
  (上から3つで一組である。)
      
銀製桜文彫煙管  1本
 
慶応3年(1867)に近衛忠煕より宇和島藩第8代宗城が譲られた。(もと孝明天皇所用品)。
煙管(きせる)は刻みタバコを吸う道具である。一般には金属製のものや、竹の管(羅宇〈ラウ〉)の両端に金属製の雁首(がんくび)と吸口をつけた張り交ぜなどがある。本資料は、金属製の管(羅宇〈ラウ〉)で両端の雁首(がんくび)と吸口は銀でつくられている。
 
 
                       銀糸萌黄段織梅文煙管入  1袋
 
慶応3年(1867)に近衛忠煕より宇和島藩第8代宗城が譲られた。(もと孝明天皇所用品)。
綴錦が用いられる。優雅な意匠と萌黄と銀の色彩が鮮やかに組み合わせられる。
 
 
    銀糸萌黄段織梅文煙草入 1袋
色・太さ、撚(よ)りの強弱、原料などが違う緯糸(よこいと)が交ぜて織ってあり、高低や色などが横方向に段になって表れている段織(だんおり)でつくられた銀綴錦が使用されている。萌黄(もえぎ)は、葱(ねぎ)の萌え出る色を意味する。黄と青の中間色で、黄色がかった緑色である。「もよぎ」とも称される。優雅な意匠と萌黄と銀の色彩が鮮やかに組み合わせられる。
 
これらの資料は孝明天皇(1831~1866、第121代天皇、在位1847~1866)在世中に近衛忠煕(ただひろ、1808~1898)へ下賜された煙管と煙管入を慶応3年(1867)8月13日近衛忠煕より桜木館において宇和島藩第8代宗城が譲られた。
 
 

藍白地黄返小桜染革威鎧  伊達宗紀所用
(宇和島市指定有形文化財)
 
宇和島藩第7代宗紀(むねただ、1792~1889)の所用である。春日大社に奉納されている御神宝とされる鎧(鎌倉時代作「赤糸威鎧」、現在は国宝である)を模本として、天保10年(1839)徳川将軍家お抱え甲冑師岩井の手によってつくられたものである。このため、別名を春日野鎧(かすがのよろい)と称されている。竹に雀の装飾金物を打っている。兜は宗永の作になると伝えられる。この二十二間星兜鉢には前立として、大鍬方を使用し、その中央の祓立(はらいだて)に瓢箪をひとつかざしている。瓢は秀吉の馬印(うまじるし)とされている千成瓢の一つを入手したものと記録されている。祓立には「春日」の文字が見える。
 

2014年5月9日金曜日

宇和島東高校の出迎え授業を行いました。

宇和島東高校1年生160名がスーパーサイエンス講座で伊達博物館を訪れました。
 
これは愛媛県教育委員会の研究指定(スーパーサイエンスハイスクール)を受けている宇和島東高校の「地域史学習」の一環で、「宇和島の歴史を知ろう」というものです。事前のアンケートでは、宇和島の歴史について興味を持っている生徒が多い割には、「あまり知らない」という結果が出ています。博物館とは目と鼻の先にある高校ですが、伊達博物館を訪れたことのある生徒は半分もいませんでした。今回の講座で初めて伊達博物館を訪れた生徒も多かったのですが、生徒諸君のふるさと宇和島に対する正しい知識と理解、誇りを育てることができればうれしいです。
 
 
                文化課と博物館学芸員が総出で出迎えました。



            昨年は高校への出前授業を行いましたが、今年は出迎え授業です。




  展示中の「江戸の狩野派」について学習しました。 また毎年、大型連休を中心に展示される重要文化財「豊臣秀吉画像」も、生徒たちの目を引いていました。 





博物館での見学を終えた後、各自がレポートを提出しています。その後、高校に移動して本日の学習のまとめを行いました。 
 
今年度も、「出前授業」「出迎え授業」を行います。学校へも学芸員が出張して、本物の美術品を目の前で公開します。いつでも博物館までお問い合わせください。
 
(連絡先)  宇和島市立伊達博物館  TEL 0895-22-7776
                         FAX 0895-22-7819
 

2014年5月2日金曜日

御浜御殿の遺跡を発掘しています。

 


国道56号線の歩道拡幅工事が行われていますが、伊達家の御浜御殿の塀跡の発掘作業が行われています。先日、見に行くと発掘がだいぶ進んでいました。
 
宇和島東高校と天赦園グランド間の国道56号線の歩道拡幅工事中。 

愛媛県埋蔵文化財センターの職員による調査が行われていました。湧いてくる地下水をくみ上げるため排水ポンプを稼働させながらの調査です。                                                                                 






                       調査終了後は、埋め立てられるそうです。
 

以前、紹介しましたが、厩(うまや)の遺跡が発掘されました。伊達博物館の周辺は、江戸時代に伊達家の御浜御殿があったところで、地下には様々な遺跡が眠っているようです。現在の御殿町という地名の由来にもなっています。