2011年1月19日水曜日

蔵開き

18日は財団法人伊達文化保存会の蔵開きでした。博物館からは5人が参列しました。本来の蔵開きは11日ですが18日に執り行いました。

なぜ蔵開き、鏡開きは11日なのでしょう?

正月には「大正月」「小正月」があって、大正月は元日~7日まで、小正月は昔の暦の満月(15日)を中心に11~16日まで(地域によっては20日まで)です。主に小正月は農民の行事だったようで、武家は小正月の始まりを正月の終わり=仕事始めにしたのではないかと思います。武士は具足開き、商人は蔵開き、道場では道場開きですね。また商人は縁起を担ぐので、11日は左右対称の観音開きで商売繁盛を祝うという意味もあるそうです。

         宮司さん                          財団と博物館員


 

2011年1月16日日曜日

雪の宇和島城

期待に反して雪の積雪量は少ない。しかし、気温は低く道は凍結状態だった。伊達家のお殿様も雪道を歩いて登城されたことを思えばと登ることにする。上り立ち門より、代右衛門丸跡を通り、二の丸から天守へ。(一般客は通行禁止) 帰りは井戸丸を通り、御殿側に再び降りた。城山は観光客の方が2、3人と清掃の方達、写真撮影の方しか上がっていなかった。宇和島城3つの井戸も併せて鑑賞をどうぞ。

                   上り立ち門(御殿からの登城門)


2011年1月13日木曜日

本の紹介

続けて本の紹介をします。以前、青年松浦武四郎で紹介した宇和島ご出身の作家で木下博民先生が居ます。正月の3日にはこの松浦武四郎についての「歴史シンポ イン 宇和島」がケーブルテレビで放映されました。先日はNHKラジオで全国放送されたとも聞きました。

先生の著書は多く、宇和島関係のものが多くあります。ごく最近の出版された「評伝 森岡天涯」は広範囲にわたって調査され、歴史に残る素晴らしいものでした。是非、ご一読されると良いと思います。

この方にはもう一つの顔があります。南豫明倫館館長という重責も担っておられます。この南豫明倫館とは何かは、先生の著書「南豫明倫館」をお読みください。博物館運営もこの方のご指導や協力していただく方々に支えられていることを改めて感じる次第です。

評伝 森岡天涯 表紙


2011年1月12日水曜日

屋上からの風景

空調の調整のため屋上に上がった時、四方を眺め博物館からの風景を撮りました。御浜御殿があった場所に博物館は建設されています。御当主が眺めた風景とは違っていますが、お城方面は昔も今も変わらないと思います。数百年前に思いをはせました。

                        北方面(宇和島城)


2011年1月11日火曜日

空調異常

1月8日の土曜日の午前4時、空調異常で警備保障のセンサーが発報。館員がひとまず、電源を切り、業者に連絡。調べてみると前の晩の氷雨が、寒波襲来によって室外機が凍り、空調のファンが回らなくなったことによると判明しました。昭和49年開館依頼、初めての出来事とか。

展示品に漆器類も多くあり、特に冬の間は乾燥するので温度と湿度が大切です。(財)伊達文化保存会と協議し、文化庁の指針に基づき、設定温度は23度、湿度60%にしてあります。

この様なことが二度と起こらないように、霜取り用のセンサーがこまめに働くようプログラムを設定してもらいました。写真は凍り付いた室外機とプログラムするためのコードを出しているマイコン部分です。

                        展示室用室外機

2011年1月8日土曜日

宇和島藩の紹介

歴史ブームに乗っかってか、雑誌社からの依頼がよくある。伊達博物館に於いては、ほとんどの展示物が伊達文化保存会の所有物なので、許可を頂き執筆するようにしている。今回は宇和島藩伊達家について紹介(4ページ)をしていただいた。雑誌は「週間 江戸」-町火消の誕生- DeAGOSTNI No:45 のもので昨年の12/7号 定価580円。著作権問題があるため表紙のみアップし、記事の掲載は控えますが、是非ご一読ください。 

2011年1月7日金曜日

宇和島藩伊達家

年明け早々に友人Kくんよりメールが来ました。中津藩奥平家と宇和島藩伊達家の繋がりについて述べてありました。彼は年末より、写真の「撮り歩き」に国東半島から中津、耶馬溪まで足をのばしていました。Kくんに断りを入れ、中津城の写真及び中津城のパンフレットをアップします。中津城は海城で名高いお城です。ついでながら彼のブログサイトです。
http://uwatu.blog135.fc2.com/ 「撮り歩き」

中津藩奥平家は宇和島藩伊達家の宗城の四男、昌邁(まさゆき)が養子に入っている。彼は奥平家第9代として明治維新を迎える。中津藩は洋医学の前野良沢や福沢諭吉の輩出で名高い。昌邁公も慶應義塾に入り、福沢諭吉のすすめでアメリカ留学をする。残念なことに明治17年30歳の若さで亡くなっている。
                      宇和島藩伊達家系図


2011年1月5日水曜日

明けましておめでとう御座います

 1月4日(火)より開館しています。伊達博物館では展示替えを年二回、それと企画展を二回(ひなにんぎょう展、秀吉像展)、そして恒例ともなった秋の特別展を開催します。昨年より、第四展示室では寄託品や寄贈品の展示も開催しています。(年始めは、収蔵庫改修のため閉じています。)

 いろいろな方より、アイディアを頂き、少しでも喜んでいただけるよう改善していきたいと考えています。ぜひ、ご来館下さり、ご意見を頂ければ幸いです。



2010年12月28日火曜日

展示終了

 仕事納めの今日、展示替えが無事終了しました。最後の仕事は明るさの調整です。なぜ暗いの?とか、博物館の展示を見るのに懐中電灯がいるといった声がお客さんから聞こえてきます。これは調度類や古文書など劣化させないために文化庁の基準値があり、それを参考にしているのです。最近、LEDの開発が進み、紫外線を出さない照明もできつつあります。今後の課題として博物館では研究中です。

 収蔵庫の改修のため、第四展示室は改修終了まで閉じていますから、今回の展示は第一展示室から第三展示室までテーマ別に行っています。その作業が終わった展示室内です。1月4日の開館までお待ちください。来年もよろしくお願いいたします。

                          第一展示室


2010年12月27日月曜日

展示替え

 2011年1月4日(火)~6月12日(日)前期展が「武家のくらしと風習 ~宇和島伊達家にみるくらしの調度と武家の年中行事~」のテーマで開催される。その展示替え作業が12月26日(日)~28日(火)にかけて行われた。ここ数年この展示替えは、年末の恒例行事となっている。新年に向け新しい展示が行われ、お客さんに少しでも目新しい展示を見ていただきたい思いからこのような日程になった。

伊達博物館の展示常設展の展示に到る迄の流れは
テーマ決定 → 展示物検討 → 財団へ申し込み → 蔵出し・搬入 → 検品 → 展示作業
である。

撤去作業(白梵天)


2010年12月19日日曜日

宇和島さんさ

  宇和島市の座敷唄「宇和島さんさ」は、全国的に名の通った愛媛の民謡。宇和島藩の五代藩主伊達村侯が1749(寛延2)年に参勤交代で江戸へ出府した際、仙台伊達家との間で家格について本家・末家の争いが起こった。この最中、両家が顔を合わせた酒席で仙台側家臣が地元民謡「さんさ時雨」を披露。これに負けじと宇和島伊達家のお庭番吉田万助が即興で宇和島の「さんさ」を歌った。これが「宇和島さんさ」の由来とされ、宇和島武士たちの勇気を鼓舞するために歌い継がれたという。(別名「万助節」「諸共節」)1982年の民謡全国大会で歌った松山市の主婦が優勝したことから、一気に知名度が上がった。

2010年12月18日土曜日

燻蒸

 博物館は照明、空調の他にまだ重要な要素がある。それは防虫・・・どこの博物館も防虫剤は欠かせない。期限切れや予算削減のあおりで少なくしたとたん、虫が多量に出てきて展示が出来なくなった館もある。

 ここで言う燻蒸とは、展示物の寄贈を受けたり、寄託を受けたりするときの手順の一つ。虫の発生を抑えるため、収蔵庫に入れる前の作業。燻蒸し、そして安全を確認して保管するのである。しかし、この施設を持っている館は大きな館に限られる。収蔵庫全体が燻蒸室になっているところもある。そうしたら小さな燻蒸室を持っていない館はどうするのか。持っている館に頼まざるを得ない。

 そんな館のためCO2を使った簡易的な燻蒸パックが出来たようである。ガスは人体に影響が少ないCO2。本格的な燻蒸には昔は青酸ガス」が使われ非常に危險であった。最近は緩やかなガスに変わってきている。導入には予算を伴うため見合わせているが、将来的にはLED照明と共に検討しなければならない。




2010年12月16日木曜日

照明

 博物館の生命線は空調と照明です。伊達博物館の空調は全館を2年前改修、収蔵庫を今年改修します。照明もエコ対策を考えながらLED照明に変えたいのですが、予算的な面と実績の評価がいります。これからは紫外線が出ないLEDに切り替わると思います。LEDスポットは特別展の国宝「喜左衞門井戸茶碗」を照らしました。

 昨日、Panasonicの営業担当者の方が来館されました。新商品の紹介で、今月24日発売の直管型LED照明を持参されていました。なんと蛍光灯と同じ企画の直管型LED照明なんです。スポットとこの直管型LED照明にやり変えることが出来れば、今の暗さを払拭できるかも知れません。日本の技術力も捨てたものではないと改めて感じました。

天井取り付けのスポット
小さな方がLEDスポット

2010年12月12日日曜日

前立て

 兜の前立てで有名なのは「伊達政宗の三日月」、最近では大河ドラマの影響で「直江兼続の愛」などである。宇和島藩伊達家では鍬形が主に用いられている。寄贈していただいた秀宗所用「紫糸威二枚胴具足」の前立てが二カ所折れている。気になるので、新しく作成してもらった。

 作成者は何時もお世話になっている大村仁志氏である。この方にはこのほか「琵琶湖早船」「伊達の黒船(前原巧山の蒸気船」「松根家の生首の前立ての切り抜き」「結界」なども作成してもらっている。この前立ては兜を軽くするため木製品である。今回は桐で作成し、金粉の塗料を何度も吹きつけ塗り直してもらった。

秀宗の前立て

2010年12月10日金曜日

返却作業

 博物館では品物の貸し借りが多々ある。愛媛県立歴史文化博物館でこの秋、特別展「伊予の城めぐり-近世城郭の誕生-」が開催された。宇和島市立伊達博物館からは「宇和島城下絵図屏風」を借りたいとのことでお貸しした。今日その返品に学芸員二名と日通の美専車職員二名が来館された。この作業の逆がお貸しするときの作業である。


2010年12月5日日曜日

寄贈と寄託

 今日、松山在住の方より伊達家に関する文書類を寄贈したいとの申し入れがありました。いつものことながら「寄贈」ですか、それとも「寄託」ですか。の確認をしました。伊達博物館は市立ですから、寄贈となると宇和島市へとなります。寄託は御預かりするものです。しかし、あくまでも「伊達博物館」ですから伊達家関連のものとしています。寄託品も収蔵庫の大きさにも限りがあり、その都度、検討します。しかしながら資料や物の散逸を防ぐため、出来る限りの努力は怠っていません。今日の投稿は博物館用語の解説ですね。

 参考までに、京都国立博物館や奈良国立博物館などは各お寺さんからの寄託が多く、年明けには挨拶回りでひと月近く掛かるそうですよ。

2010年12月1日水曜日

晩秋

 今日から師走。世の中、先生も走るほど忙しくなる季節という。しかし、博物館は年間で一番入場者が少ない月である。小春日和の今日、博物館前の偕楽園、そして名勝「天赦園」の晩秋を拾ってみた。

木蓮の紅葉と蔵

2010年11月26日金曜日

書籍販売

 伊達博物館は郷土の歴史資料やお預かりしている書籍(伊達家関係)がいろいろとある。今回、お預かりしたのは、木下博民著「青年・松浦武四郎の四国遍路」。表紙の帯封に内容は書かれている。松浦武四郎とはどのような人物か? 北海道という名前の名付け親、フリーのルポライターと言ったら過言だろうか。幕末に於いて彼ほど情報通はいない。先日、北海道松浦武四郎研究会の方々、宇和島歴史文化研究会の方々、伊達家13代御当主宗信様が「歴史シンポ in 宇和島」というシンポジウムを福祉センターで行った。盛会で皆熱心に参加されていた。これによって一段、武四郎と宇和島藩伊達家との繋がりが大きく取り上げられ活気づくことを期待したい。19歳で四国遍路に挑戦した宇和島藩領での彼の足跡をたどるのも一興。


2010年11月21日日曜日

お問いあわせ

 博物館用語だろうか? そのまんまか?不明である。いろんな講座や講演、教室などを実施すると必ず、質問がある。今回はその中から面白いものを抜粋した。

2010年11月20日土曜日

収蔵庫改修

 11月18日付けで次の連絡を館長名で出しています。平成22年12月1日(水)~平成23年2月下旬頃まで収蔵庫空調改修工事を行います。尚、改修工事に伴い第4展示場を閉鎖致します。第1~3展示場は通常通り展示しております。ご迷惑をお掛け致しますが、ご了承下さい。

 ご存じの様に博物館は展示室は表舞台の生命線、収蔵庫は普通、目に触れませんが裏舞台の生命線です。23度、60%が収蔵庫の基本。これを365日保たねばなりません。写真は収倉庫の前扉と空調システム操作盤(コンピュータ制御)です。右手の写真のメータは「前室湿度」「前室温度」「収蔵庫内湿度」「収蔵庫内温度」です。365日、24時間セキュリティ管理され、異常になると警備保障より緊急連絡が入ります。



2010年11月12日金曜日

講演会始末記

 退職公務員連盟から講演を依頼され、鶴島公民館で行いました。演題は「歴史は切り口」、サブテーマは「伊達家人物往来」でした。今まで行った講演とできるだけ重ならないように今回は著作物を紹介しながら見方(方向)によって歴史のおもしろさが分かるというよくばったもの。これが失敗の基でした。なにしろ脈絡がないことおびただしい。演題は外れていないと思いますが、何を言いたいのか分からなかったと思います。レジュメを造っておけば良かったと反省しきり。ブログの url をお教えしたので読んでくださる方も居ると思いますので、この場を借りてお詫び申し上げます。m(_ _)m

秋空に映える宇和島城

2010年11月11日木曜日

華道

 四季折々を花器に生ける生け花は日本古来の芸術である。伊達博物館や宇和島藩伊達家においては華道についての文書やお道具はない。しかし、特別展などでいろんな方とお付き合いする中で、自然と耳に入ってくる。

 個人的には川瀬敏郎氏のものが好きであるが、あくまでも個人的にである。彼は流派に属さず、生け花の原型である「たてはな」と、千利休が大成した自由な花「なげいれ」をもとに、創作活動を続けている。

 朝、仕事の打ち合わせのため訪れた天赦園で自然の生け花的な風景を見た。




2010年11月9日火曜日

画面の変更とお知らせ

 このブログを楽しみに見ている方々にご連絡いたします。バックカラーが黒くて見えにくいというご意見があり、この度、白色に変更いたしました。それに合わせたわけではないのですが、タイトル画面も宗城公に登場いただき、宇和島藩伊達家をアピールしたいと思います。もう一点、ご注文の文字の大きさの件ですが、大きくすれば情報量が少なくなり、スクロールする手間が増えることから現在の大きさでお願いします。これからもご意見がありましたら博物館のメールアドレスによろしくお願いいたします。

2010年11月5日金曜日

里帰りの杏

 宇和島藩伊達家2代宗利様には女のお子様3人しか生まれなかった。徳川家よりの養子縁組の話があったが、仙台綱宗公の次男宗贇様を迎える。残るお二人のお姫様は京極家、真田家に嫁がれる。真田に嫁がれた豊姫様はわずか15歳であった。お嫁入りの際、故郷宇和島を忍ぶため、杏の苗木の鉢植えを持参した。この杏を真田城下の家々が植え、春には町が桃色に染まったという。殖産としても真田家は奨励し、現在では観光の名所ともなっている。

 姉妹都市締結(昭和48年)の交流事業の時、宇和島市には杏の木がないことから更埴市(現千曲市)より、苗木の寄贈を受けている。記念植樹として博物館、天赦園、丸山公園などに植えられている。35年たった今、標柱も朽ち果てたので新しく立て直した。

2010年10月28日木曜日

方向性

 特別展も終わり、さて来年はどうするか? 9月16日の内覧会のあと伊達博物館協議会を開催しました。その時、委員さんよりの提案(課題)が二つありました。「10年先を見通した特別展計画」「小中学生を引き込むような計画と実践」です。来年度の計画は今からでは間に合わないことも知っています。ありがたいご提案で後日、伊達文化保存会の理事長伊達宗信様、財団の方と協議会メンバーと協議しました。相手があることで決定ではないのですが、「彦根藩井伊家と宇和島藩伊達家」で行おうとまとまりました。彦根藩と宇和島藩とは深い関係があります。初代秀宗公の奥方は井伊直政の娘(亀姫様)がお輿入れになっています。また幕末の大老、井伊直弼との交遊(宗紀、宗城と)も面白い事実です。実現に向け動き出したところです。併せて2年後、3年後の特別展も計画中です。動く博物館を目指して・・・


2010年10月27日水曜日

やっと搬出

 伊達博物館秋の特別展のため9月14日に搬入された国宝「喜左衞門」、西教寺重文の襖絵ほか、すばらしい文化財の数々が搬出されました。国宝は大徳寺孤篷庵より、お二人の方がこられました。後のものは日本通運美術専門車で搬出されました。その道のプロ集団で手際よく、仕事を進められました。京都まで8時間の長旅とか。そのあと後期展で仕舞っていた伊達文化保存会の品々を再展示の作業。日通の手際よさを見ているためか、この再展示も手早く行われました。昨年に続き、美専車による搬出入となりました。これを機会に予算など周知できると思っています。


2010年10月24日日曜日

最終日

 内容は充実して大変良かったという評価だったのですが、変則的な開催については、非常に不評を買った平成22年度秋の特別展でした。それも今日で終了します。茶会で国宝の展示が一日留守になり出来なかったこと、延長の告示が不徹底で黄金の茶室等が見えなかったこなど、この場をかりてお詫びいたします。先月16日の内覧会より、24日迄の一月あまり、黄金の茶室のセキュリティに神経を使い、国宝の移動など初めての経験で大仕事でした。朝、開館前の静かな展示室内を撮ったものです。今日が済めば、京都方面への搬出作業、展示替え、そして来年度特別展の準備(既に出来ている。)をおこないます。


2010年10月20日水曜日

寂しさ・・・

 特別展の期間中、お客さんを魅了していた平成の黄金の茶室が撤収されました。大きな企画の終了作業には一抹の寂しさがあります。この茶室は21日より、SGC本社(長野県松本市)において「紅葉と黄金の茶室展」が3日間開催されるそうです。スタッフの皆さん寝る間もないくらいに日本中を駆け巡っています。紅葉の松本城、行ってみたいですね。伊達博物館での展示期間は延べ35日間でした。この期間は国立科学博物館2ヶ月に次ぐものとか。小さな町の小さな博物館に展示された桃山文化、感謝感激を新たにしました。また、セキュリティで神経をすり減らしたことも事実です。かかわった人たち、博物館に感謝!


2010年10月17日日曜日

集まれ伊達キッズ!

 親子対象のお茶会が天赦園で最終日に併せて開催されました。伊達家のお庭の探検から始まり、お茶をごちそうになりました。子ども達も満足し、連れてこられた親御さん達も「良い経験となった。」来年も是非お願いしたいと申し出もありました。お手前は小学校3年生の男子児童・・・所作などお茶の作法に則り、大変素晴らしいものでした。黄金の茶碗や茶室の雰囲気を味わうには最高でした。その様子をどうぞ・・・


最終日?

 平成22年度秋の特別展も最終日を迎えました、というはずでしたが好評につき延長・・・黄金の茶室は19日火曜日まで、その他は24日まで展示します。一区切り付けるためとお礼の意味を込めて本日はコーディネーターの木村宗慎先生の特別案内がありました。歴史観もさることながら話術のすばらしさをお客さんは堪能されたことと思います。その様子をどうぞ・・・


2010年10月15日金曜日

きずな

 宇和島をリードする大人の情報誌のキャッチコピーで「きずな」(フリーの情報誌)が季刊されている。数えること2010年秋号で12号となる。宇和島人としては、新しい発見もさることながら古いよき時代に浸れるすばらしい雑誌である。手に入れるためには宇和島市の人の集まるところに配布されているが、発行部数に限りがあるため、早めに持ち帰る必要がある。今回は吉田特集で「伊達博物館」関係では秋の特別展や御当主「伊達宗信様」へのインタビューなど内容は濃い。是非一読願って、ついでに博物館にも足を運んでいただければ幸いである。



2010年10月14日木曜日

特別展会期延長!

 この度、恒例の秋の特別展が持ち主様のご厚意に寄り、延長の運びと成りました。黄金の茶室は19日迄、その他(国宝喜左衞門、狩野永徳襖絵ほか)のものは24日迄の展示となります。今回の特別展はリピータの方が多く来館されています。博物館始まって以来ではないかと思いますが、8回の方が最高です。また長時間、研究される方もおられます。6時間が最高時間です。お目当ては勿論「喜左衞門」・・・博物館の行事としては、明日は小学校が数校来館し、コーディネータの木村宗慎先生が案内します。土曜日は孤篷庵主催の茶会のため国宝の茶碗は天赦園に移動しますから博物館では見ることが出来ません。(天赦園春雨亭の外から)別途、天赦園の入園料(割引で200円)が必要です。17日(日曜日)の14時から木村宗慎先生のご案内があります。この度の展示物についての裏話や京都の話題など聴くことが出来、博物館をより楽しむことが出来ます。



2010年10月9日土曜日

伊達の黒船

 博物館を楽しむ方法として学芸員さんの解説を聴くこととが出来る。これは全ての館で通用することではないし、忙しいときは出来ない。今日は御世話になった方に説明をしてロビーまで帰ってきた。すると一人の紳士が「今回の特別展には関係はないが、この館に前原巧山の黒船があると聴いている。見たいのだが。」と話されました。丁度その時に、黒船作成の仕掛け人M氏が来館されました。熱心さにうれしくなり、収蔵庫から特別に出し、お見せし、説明しました。たいそう感動され喜びで一杯でした。どちらから来られましたからの質問に「新潟からです。」でまた、びっくり・・・出張のついでにどうしても見たいという気持ちを抑えきれず、来館さんされたとか。このニュースを聞くと製作者の大村仁志氏(大村益次郎ではない。)は喜ぶことでしょう。この報告のついでに黒船試走の様子を掲載しておきます。



2010年10月6日水曜日

入館者数

 博物館の評価はいろんな要素を考え、数多く、存在する。手っ取り早い評価は入館者数である。しかし、この評価では、目に見えないものもあり、危険である。今年のテーマは「戦国浪漫ー天下人の風流-」。さて、折り返しを迎えお客さん、市民の皆さんの評価はどうだろう?気になるところではある。土日の駐車場の風景と小学生の歴史学習の様子、コーディネータの木村宗慎氏の説明などを見ていただきたい。


2010年10月4日月曜日

特別展、途中の展示替え

 伊達博物館では特別展途中の展示替えはあまりやったことがない。しかし、国宝の紙物など展示期間が制限されているものもあり、他館ではざらにあるとか聞いている。3年頬前、高知県立歴史民俗資料館で「坂本龍馬・中岡慎太郎展」で展示された「血染めの屏風」「や「血染めの掛け軸」など京都国立博物館蔵のものなどわずか1週間で撤収されたと聞いた。当館の展示替えは「猿猴の間」の屏風を裏返し「賢人の間」に変えること、裂を1点変えること、藤原定家の断簡を撤収することだったが、それでも2時間ほどかかった。神経を使う作業である。16日にはお茶会に出品する国宝「喜左衛門」井戸(孤篷庵主催)が持ち出される。特別展、折り返しを迎えたが、少々疲れ気味・・・


2010年10月3日日曜日

城門が・・・

 以前から重さで下がっていた右側の城門(鉄製)が通路に引っかかり開け閉めが出来なくなりました。ストッパーも指しにくくなっていましたので、大急ぎで下の部分を削りました。簡易的な補修ですから、再度此の様な状態が来れば、大工事となります。予算化など頭が痛いことです。しかし、うまくいったことで、セキュリティに神経を使う特別展期間中、ひとまず安心です。


2010年10月1日金曜日

閑話休題

 今日から10月となり、特別展開催から13日目を迎えました。毎日、忙しく動いている中、天赦園に行ったとき見つけた「彼岸花」季節は間違いなく動いています。ポスターやチラシの宣伝の他、広報の表紙など飾り、お客さんは着実に増えてきています。館員一同、少々疲れ気味ですが、一気に閉会まで頑張って行こうと話しています。なお5日から西教寺客殿の襖絵「猿猴の間」が「賢公の間」に、藤原定家の「小倉色紙」が「断簡」に変わります。


2010年9月29日水曜日

大徳寺孤篷庵主催お茶会

 10月16日(土)特別展に展示されている「国宝 喜左衞門」大井戸茶碗の鑑賞会が天赦園で開催される。共催は財団法人伊達文化保存会・・・ポスターにあるとおり、春雨亭で展示、お茶会は潜淵館で開催される。当日、国宝は博物館から天赦園に出すため、見るためには天赦園の入園料(割引で200円)が必要です。

2010年9月28日火曜日

ギャラリートーク

 昨年度の特別展より、土曜日、日曜日、祝祭日の14:00から、伊達博物館の3人の学芸員の持ち回りによる「ギャラリートーク」を実施しています。毎回、いすは20程用意していますが、それでも足りずに立って聞いている方も多数おられます。内容は宇和島藩伊達家についてはもとより、「天下人の風流」でお借りしたものについて解説します。歴史的な背景も優しく解説し、お客さん方の評価も上々です。予定としては10月2,3,9,10,11,16,17日に開催します。なお16日はお茶会のため「国宝 喜左衞門」大井戸茶碗は展示されません。(天赦園にて鑑賞会)、17日最終日には感謝を込めて、今回のコーディネートをしていただいた木村慎太郎氏がご案内します。


2010年9月26日日曜日

内覧会と鑑賞会

 何を今更と思われるのを承知でアップします。何しろ忙しくてパソコンどころではない。他の行事のポスター、特別展のキャプションの追加などの制作が突然に入って来て大変な様相でした。やっと9月16日(木)の内覧会開会式及び会場内の様子と天赦園潜淵館で開催された国宝「喜左衛門」大井戸茶碗の鑑賞会の様子をアップすることができます。なお写真の提供は「きずな」編集長の川尻氏です。この場を借りてお礼申し上げます。

 まずは開会式です。77名に及ぶ招待客、博物館ロビーが一杯になりました。主催者代表で石橋市長の挨拶、そしてコーディネータとして苦労された木村宗慎様のご挨拶、最後に伊達家13代当主、伊達宗信様の祝辞で閉会しました。


2010年9月23日木曜日

平成22年度秋の特別展内覧会

ご あ い さ つ
 宇和島市は、伊達家10万石の城下町として栄え、宇和海を望む山々の自然に恵まれた景観や文化財を今なお数多く遺しております。
 中でも財団法人宇和島伊達文化保存会には、藩祖伊達秀宗以来の、武具、婚礼調度、絵画など多くの貴重な大名道具が伝存されています。この宇和島伊達文化保存会の格別の御配慮と御協力の下、当市立伊達博物館では、内容を変えながら定期的に公開しております。
 その中で、毎年秋には京都の有名寺院、博物館などからも展示資料の御協力を賜り、伊達家の大名道具とともに特別展として公開しております。お蔭様で昨年度開催の35周年の特別展では好評を博し、県内外から数多くの方々に足を運んでいただくことができました。
 しかし残念ながら、昨年度は図録を作成することはできませんでした。今年度は来館者の皆様のお声に少しでもお応えしたいという気持ちから、冊子ではありますが、図録を刊行した次第です。刊行にあたり、関係各位に心から厚くお礼申し上げますとともに、より一層の御支援をお願い申し上げ、御挨拶と致します。
                      

                         宇和島市長 石 橋 寛 久

ご  あ  い  さ  つ
 「天下人・秀吉」は宇和島の方々にとって、おなじみの人物ではないでしょうか。 伊達家宝物の筆頭として、重要文化財の指定も受けた肖像画は、市民の方々ならば一度はご覧になったことがあるはずです。宇和島藩の初代藩主・伊達秀宗は、幼少期を秀吉のもとで過ごし、名前の「秀」の一字はその緑を示すものです。
 天下統一を果たした武将・秀吉は、絢欄豪華な桃山文化の立役者でありました。賛を尽くした宋楽第や伏見城の逸話はくり返し語られるところです。
 今年度の伊達博物館特別展では、「戦国浪漫~天下人の風流~」と題して豊臣秀吉のそうした文化的な側面や、伊達家に残された縁の資料を展示いたします。再現された黄金の茶室は、派手好みだったという秀吉のイメージの代表例です。加えて、伏見城の遺構を客殿とする近江・西教寺から出陳の資料類は秀吉の生活空間をしのばせます。華やかな暮らしぶりの一方で、千利休を重用した秀吉はわび茶の湯も好み、生涯の楽しみとしました。
 今回、四国の美術館・博物館では初の公開となる国宝の大井戸茶碗 銘 喜左衛門に代表される高麗茶碗は信長・秀吉といった権力者から珍重されたものです。能や狂言の庇護者としても知られた秀吉は、日本史上、もっとも文化事業に熱心な権力者であったかもしれません。宇和島伊達家にも伝えられた、桃山文化の香りを、来館者の皆さまに感じとっていただければ幸甚です。
                            
                                           企画監修 木 村 宗 憤
              (芳心会・宇和島市立伊達博物館運営審議委員・宇和島市文化協会顧問)
祝 辞

本日ここに、宇和島市立伊達博物館 秋の特別展「戦国浪漫~天下人の風流~」を開催するにあたりまして祝辞を申し上げます。
 皆様ご高承の通り、宇和島伊達家は藩祖秀宗公が徳川幕府から伊予の国宇和島10万石を拝領したことに始まり、歴史上「江戸時代」と言う長い時の流れに従って、宇和島藩主として代々この地を治めて参りました。この間、各藩主、家臣などが残した数々の文物は、明治維新後の数々の激動の時代を経てなお、貴重な歴史的遺産として幸運にもこの宇和島の地に現存し、歴史の生き証人として私たちに浪漫を与えてくれています。
 今年の特別展は、藩祖秀宗公が幼少期を一緒に過ごした天下人、「豊臣秀吉」にまつわる品々を京都大徳寺様を始めとした皆様より拝借し、伊達家に伝来した拝領品とともに展示させていただくことができ、光栄に思って居ります。これら本物から発せられる時代を超えて語りかけるものを感じていただければ幸いに存じます。
 宇和島伊達文化保存会は、先人の残した努力によって膨大な資料を保存しており、これらを活かした活動を行う責務を果たして行かなければなりません。 そのためには、今後益々宇和島市の関係当局、特に市立伊達博物館との協力体制を強化し、「来る人には楽しみを、帰る人には喜びを」感じていただけるような、観る人の視点に立った展示、一般公開を行って参りたいと考えています。
 終わりになりましたが、今回の展示にご協力いただきました所蔵者の皆様、御尽力いただきました木村宗慎様、関係各位に心から感謝の意を表しまして甚だ簡単ですが、開会にあたっての祝辞といたします。

平成22916
                           財団法人宇和島伊達文化保存会
        理事長 伊達 宗信

2010年9月19日日曜日

特別展準備

 16日午後の内覧会に間に合わせるため、黄金の茶室の組み立てと美術専門車の職員による展示が15日の9時より行われました。どちらも手際よく進められ内覧会を待つばかりです。

                                                                  黄金の茶室組み立て


2010年9月12日日曜日

さあ!搬入第一弾

 16日の内覧会までに展示終了をせねば成らず、やきもきしていた搬入作業が10日行われました。朝、8:00京都出発、16:00博物館到着。途中休みを入れても8時間の長旅、ご苦労様でした。しかも、前日は夜遅くまで西教寺で検品、梱包作業をしていたそうです。さすがプロ根性、日通美専車魂ですね。秋の展示会シーズンなので休み返上とか。当館の学芸員も帰ってくる列車が無く、一日延長しました。大変疲れている様で心配ですが、若さで乗り切るでしょう。


2010年9月10日金曜日

蝿頭

 何のことか分からないと思います。庭師の方が柵を作るときの麻縄(黒)の縛り方なんです。昨日、今回の特別展の結界作りをしました。形は出来ていたのですが、縛り方が分からなくて、天赦園まで聞きに行きました。丁度、庭師の方が居られたので「簡単ですよ。」と聞いたのが間違いでした。何度やっても分かりません。うろ覚えでは話にならないことを改めて認識しました。




2010年9月9日木曜日

受け取りと検品作業

 今回、特別展で展示する品物の受け取りに学芸員が京都に出張しました。今回の借り入れ場所は滋賀県、京都市です。学芸員には検品作業という大事な仕事があります。つまり借りるときのお互いの検査、お返しするときももちろん傷等付いていないか、そのためにこの作業があります。つまり借りるときのご挨拶、借りるための検品、お返しするための検品で計3回の出張が必要なんですね。