2014年4月24日木曜日

「豊臣秀吉画像特別展」を開催します。


           重要文化財  (公財)宇和島伊達文化保存会蔵
 

「太閤画像特別展」のご案内


伊達博物館では5月の大型連休を中心に、国指定重要文化財である「豊臣秀吉画像」(公財 宇和島伊達文化保存会蔵)を展示公開します。限られた期間の展示ですがたくさんの皆様のお越しをお待ちしております。

開催期間   4月26日(土)~5月11日(日)  

       開館時間  9:00~17:00(入場は16:30まで)

  ※ 但し4月28日(月)、5月7日(水)は休館日です。



豊臣秀吉が亡くなった1599(慶長4)年、秀吉の側近であった富田知信が、遺徳を偲んで描かせたとされています。知信もその年に亡くなり、息子の信高が引き継ぎました。

慶長4(1599)年2月18日(18日は秀吉の命日)付の賛文は、西笑承兌が揮毫しています。

 ※西笑承兌(せいしょう・じょうたい)・・1548~1607。相国寺第98世。秀吉、家康のブレーンの一人。

信高が1608年(慶長13)に宇和島に転封。秀吉画像も持参。信高は、この地に父の菩提を弔うため金剛山正眼院(現在の金剛山大隆寺)を建立し、この肖像画を奉納しました。幕末、金剛山で当時住職をしていた晦巌(まいがん)から、宇和島伊達家8代藩主宗城に献上されました。
以後、現在に至るまで宇和島伊達家に伝来しています。
 

2014年4月18日金曜日

天赦園の上り藤が満開です。

博物館の隣の天赦園の上り藤が満開です。新聞やテレビでも報道されたので見に行きました。 








 


                                                                    一つ一つの花が力一杯咲いています。
                瑞々しい若葉の色に心が洗われました。
  博物館横の通りも色鮮やかです。

     
          

                                                                                                                                                                                                 博物館の庭「偕楽園」の藤も開花し始めました。   
 

 
 

「太閤画像特別展」のご案内 

 
伊達博物館では5月の大型連休を中心に、国指定重要文化財である「豊臣秀吉画像」(公財 宇和島伊達文化保存会蔵)を展示公開します。限られた期間の展示ですがたくさんの皆様のお越しをお待ちしております。
 
開催期間   4月26日(土)~5月11日(日)   
 
開館時間  9:00~17:00(入場は16:30まで)
 
  ※ 但し4月28日(月)、5月7日(水)は休館日です。 

2014年4月5日土曜日

ようこそ、「子ども歴史探検隊」

4月5日(土)に、宇和島市立中央図書館主催の「子ども歴史探検隊」の皆さんが博物館を訪れました。春の読書週間の一環として、小学生を対象に春休み中の期間を利用して宇和島藩の歴史を勉強するという企画です。午前10時に宇和島市立中央図書館を出発し、伊達博物館、龍華山等覚寺、金剛山大龍寺など歴史に関する施設を半日かけて徒歩で回ります。はるばる東京からふるさと宇和島に帰省中の児童をはじめ、市内小学校から13名の児童の皆さんが参加しました。
 
 
「ようこそ伊達博物館へ。」
 
 
宇和島伊達家の成り立ちについて学習しました。 


                        
 
 3代藩主 宗贇(むねよし)の甲冑の大きさにびっくり。 
 
 
             「江戸の狩野派」の絵画についての学習です。 

  絵画にまつわる中国の故事も学びました。

 
              馬師皇(ばしこう)図についてクイズに回答中。

   孔雀や鳳凰に関する知識が増えました。


                   開催中の「ひな人形と調度展」 
 
 
            しっかり勉強できたかな?また来てくださいね。  

(いろんなクイズがありました。)
宇和島藩が始まったのは何年か? 今の何県から来た?
宇和島藩は何万石?  現在の金額は(一石が約2万円)?
初代藩主秀宗(ひでむね)の父親は誰?
伊達博物館に展示しているおひな様は誰のもの?
歴代伊逹家の藩主の名前の読み方は?
伊逹家藩主のお墓はどこにある?
8代藩主宗城(むねなり)は火薬や大砲の製造、砲台や蒸気船を建造するために誰を宇和島に呼んだか?
9代藩主宗徳(むねえ)で宇和島藩が終わったのはいつか?  その理由は?



2014年3月16日日曜日

ボランテイアガイドの皆さん、活躍していただいています。

昨年末12月から今年の4月にかけて、ANA遊誘四国ツアーの団体客の方が、伊達博物館と天赦園を訪ねてもらっていますが、先月からは連日大型バスが何台も訪れて賑わっています。お客さんは、「北海道から九州まで」、全国からです。

伊達博物館と天赦園の案内役として「宇和島道先案内人の会」の皆さん方にボランテイア・ガイドとして協力をいただいています。全国からのお客さんに宇和島の旅を楽しんでもらい、良い思い出を作ってもらうため毎日活躍してもらっています。ありがとうございます。


松山~西予~宇和島~中村~足摺~高知から徳島へ、四国を満喫するツアーです。


              毎日、大型バスがお客さんを運んできます。


                              ボランテイアガイドの方が案内中です。 
















                偕楽園では8代宗城公の説明をしています。 


 宇和島城を下から眺めます。登りたい人もいるようですが残念、時間が足りません。

             宇和島藩の成り立ちについての説明も慣れたものです。 



最後までお客さんを見送っていただいています。



    手を振ってお別れです。


        「うわじま道先案内人」の皆さん。これからもよろしくお願いします。


「うわじま道先案内人の会」の皆さんは、普段は宇和島城天守でボランテイア・ガイドをされています。毎週土曜日にはお茶の接待もされているそうです。ボランテイアの皆さんのおかげで宇和島を訪れた方がよい気持ちになって宇和島をあとにされています。毎日ご苦労様です。


2014年3月12日水曜日

博物館も春本番です。

昨年末から行われていた改修工事も2月いっぱいで終了し、伊達博物館もやっと落ち着きを取り戻しました。それとともに博物館の春の花が咲き始めました。白木蓮も満開です。

「ひな人形とひな調度展」開催中ですが、毎日大勢の方が博物館を訪れてもらっています。また市内の小学校、幼稚園や保育園の子ども達も大勢見に来ています。

      桜のつぼみも大きく膨らみました。
 博物館庭の白木蓮が満開です。

工事が完了し、博物館も落ち着きを取り戻しました。
見違えるようにきれいになりました。

市内の小学校、幼稚園や保育園の子ども達が大勢訪れています。みんな、付き添いの先生方の言われることをよく聞いて静かに鑑賞できていました。毎年、おひな様を見に来て欲しいと思います。

2月25日(水) 明倫幼稚園の皆さん(40人)
2月28日(金) 和霊小学校の皆さん(88人)、立正保育園の皆さん(31人)
3月  4日(火) 立正保育園の皆さん(89人)
3月 6日(木) 宇和津幼稚園の皆さん(32人)、愛和聖母幼稚園の皆さん(29人)、さくら保育園の皆さん(22人)
3月 7日(金) 環太平洋大学短期大学部附属幼稚園の皆さん(27人)
3月11日(火) 美徳保育園の皆さん(43人)、 立正保育園の皆さん(23人)
3月12日(水) 尾串保育園の皆さん(30人)


学芸員の説明を真剣に聞いています。 
                 
                                      毎年、見に来てくださいね。
             

2014年3月8日土曜日

観姫(みよひめ)所用 ひな人形・ひな調度

観姫(みよひめ)は、肥前佐賀藩8代藩主鍋島治茂(なべしまはるしげ)の9女として、寛永9年(1797)佐賀で生まれる。文化12年(1815)宇和島藩7代藩主伊達宗紀(だてむねただ)と婚約して江戸へ引っ越し、翌年2月23日結婚。これらの雛人形は、宗紀との縁組が決まった観姫が、引っ越しの際持参した婚礼用具であり、引っ越しの時の記録「観姫様御日喜越録」(みよひめさまおひっこしろく)によると

一、親王雛壱対 代ハ百八拾目(しんのうびないっつい だいはひゃくはちじゅうめ)
一、古今雛壱対 代ハ壱百八拾目(こきんびないっつい だいはひゃくはちじゅうめ)
一、雛入箱四ツ 代ハ三拾七匁五分(ひないればこよつ だいはさんじゅうななもんめごぶ)
一、御雛道具御厨子棚其外 代ハ壱貫参百目八拾八品(おひなどうぐおずしだなそのほか だいはいつかんさんびゃくめはちじゅうはちひん) 
と記されている。

後に観姫の御付女中老女染川(おつきじょちゅうろうじょそめかわ)に下げ渡され、親王雛を除く大部分がその子孫宅にて保管、大事に守り伝えられている。男雛は切れ長の目に束帯(そくたい)姿、女雛は唐絹(からぎぬ)をまとい優雅な雰囲気を醸し出している。約30種にも及ぶ三棚などのひな調度はいずれも黒塗りに牡丹唐草文様の金蒔絵が施され、他にギヤマンや赤絵徳利などが付属している。調度は大名の婚礼調度をそのまま小型化したもので、細部まで精緻に作られており、美術工芸的に価値の高いものである。大名家にふさわしい豪華さと品格を兼ね備えている。


  観姫所用 ひな人形 (個人蔵)



男雛と女雛





五人囃子


    各種の調度類

 三棚のうち       黒棚




















                                書棚

                            厨子棚 




2014年2月28日金曜日

香木 銘 「柴舟」(しばふね)を展示しています。

「ひな人形とひな調度展」に併せて、宇和島伊達家伝来の美術品の中でも特に有名な「香木 銘『柴舟』(しばふね)と『唐物小茄子茶入』(からものこなすちゃいれ)を展示しています。この品は、伊達政宗から宇和島藩祖である息子秀宗に贈られたものです。この機会にぜひご覧下さい。


香木 銘 「柴舟」 (しばふね)

政宗より拝領   (公益財団法人宇和島伊達文化保存会蔵)

寛永年間(1624~1644)に日本に伝来したとされる香木。本資料は、父政宗から宇和島藩祖となった秀宗へ「唐物小茄子茶入」(からものこなすちゃいれ)とともに贈られた香木である。この香木は「一木三銘」とも「一木四銘」とも称され、同じ香木ながら分木して伊達政宗の所持した香木を「柴舟」(しばふね)、細川忠興(三斎、1563~1646)の所持は「白菊」(しらぎく)、小堀政一(遠州、1579~1647)所持は「初音」(はつね)の銘を持つ(また後水尾天皇1596~1680)の所持したものは「蘭」(ふじばかま)という)とされていることからもよく知られている(諸説がある)。

政宗は、幼い頃から秀宗へ文武両道にわたりこと細かく指導していた。秀宗にこの「柴舟」を贈るに際しての書状には、「秘蔵のしば舟の香一包」「今程可様の香は有間敷」と、政宗がその価値を特筆している。今日では寛永年間以後日本に入った香木の中で比類なき名香であると評されている。香木を守るために竹の皮で包まれ、錫製の小箱に入れた上で木箱に納め、厳重に保管されている。図版には伊達家伝来の香木より「一木四銘」を掲載している。
                              (「宇和島伊達家伝来品図録」解説より)



唐物小茄子茶入(からものこなすちゃいれ)

      政宗より拝領   (公益財団法人宇和島伊達文化保存会蔵)

父政宗から息子秀宗へ贈られた茶入れ。茶入れは茶の湯では特に大切にされた濃茶を入れる陶製の小壷。なかでも「唐物(からもの)」と称する高級舶来品が収集され、権勢を示す道具として大いにもてはやされた。



               

伊達政宗書状    

(年不詳)1月3日  小茄子茶入、柴舟のこと (公益財団法人宇和島伊達文化保存会蔵)

改年の挨拶に続き、政宗秘蔵の貴重な名香「柴舟」(しばふね)と「唐物小茄子茶入」(からものこなすちゃいれ)を譲る思いが綴られている。香木「柴舟」を政宗が入手したのは寛永3(1626)年の上洛中。政宗・秀宗共に在府中とみられることから、この書状は寛永5年以降のもの。




※香木(こうぼく)
心地よい芳香を持つ木材のこと。沈水香木(じんすいこうぼく、俗称を沈香〈じんこう〉)と白檀(びゃくだん)が有名である。沈水香木(沈香)は、特に香道に使用される香木であり、薄片に削ったものを加熱して芳香を楽しむのに用いられる。白檀は熱することなく香るため、香道以外にも仏像などの彫刻や扇子や数珠などの材料として用いられる。比重が重く水に沈む、これが沈水香木(沈香)という名の由来である。沈香のうち、特に質の良いものは伽羅(きゃら)と呼ばれる。「日本書記」によれば、推古天皇3年(595)に淡路島に流れ着いたのが沈香の日本伝来と言われている。強壮、鎮静などの効能がある生薬でもある。