2010年12月19日日曜日

宇和島さんさ

  宇和島市の座敷唄「宇和島さんさ」は、全国的に名の通った愛媛の民謡。宇和島藩の五代藩主伊達村侯が1749(寛延2)年に参勤交代で江戸へ出府した際、仙台伊達家との間で家格について本家・末家の争いが起こった。この最中、両家が顔を合わせた酒席で仙台側家臣が地元民謡「さんさ時雨」を披露。これに負けじと宇和島伊達家のお庭番吉田万助が即興で宇和島の「さんさ」を歌った。これが「宇和島さんさ」の由来とされ、宇和島武士たちの勇気を鼓舞するために歌い継がれたという。(別名「万助節」「諸共節」)1982年の民謡全国大会で歌った松山市の主婦が優勝したことから、一気に知名度が上がった。


宇和島さんさ

          竹に雀の 仙台様も ションガイナ
             今じゃ此方と エエエ 諸共によ

          しかと誓いし宇和島武士は ションガイナ
             死ぬも生きるも エエエ 諸共によ
          
          君は小鼓、身どもがうたい ションガイナ
             締めつ、ゆるめつ エエエ 諸共によ
          
          笠を忘れた 旅路の時雨 ションガイナ
             雨に濡れたは エエエ 諸共によ

          宇和島でる時や 一人で出たが ションガイナ
             今じゃお前と エエエ 諸共によ
          
          殿は御屋形 すっぴん様よ ションガイナ
             国のためなら エエエ 諸共によ
          
          差すぞ盃、見込んだうえは ションガイナ
             酔うて寝るなら エエエ 諸共によ

          花が咲いたと しきりの便り ションガイナ
             こちら咲いたと エエエ 諸共によ

さんさ時雨

  さんさ時雨は、仙台藩領に古くから伝わる民謡で、婚礼などの祝宴に必ずといっていいほど唄われる格調高い唄である。伊達政宗の出陣の唄とも、戦勝の唄ともいわれる。伊達勢が芦名氏に勝利し、南奥州の覇者となった頃の即興歌が元になっているという説が有力。「ショウガイナ」を「勝凱」「勝凱奈」と当て字したり、さらに「メデタイ、メデタイ」と付け加えたりするのは、その起源となっている「凱旋」からきているものと思われる。

          さんさ時雨か萱野の雨か
             音もせで来て濡れかかる ショウガイナ

          さんさふれ~五尺の袖を
             今宵ふらぬで何時のよに

          武蔵あぶみに紫手綱
             かけて乗りたや春駒に

          門に門松 祝に小松
             かかる白雲 みな黄金

          この家お庭の三蓋小松
             鶴が黄金の巣をかけた

          この家座敷は芽出度い座敷
             鶴と亀とが舞い遊ぶ

          芽出度嬉しや思うこと叶うた
             末は鶴亀 五葉の松

          扇芽出度や末広がりで
             重ね~の お喜び

          雉子のめんどり 小松の下で
             夫を呼ぶ声 千代々々と

参考 宇和島市立伊達博物館2代目高畠茂久館長の”宇和島さんさ”の由来を添付します。詳しく見られたい方は左クリックで拡大しご覧になって下さい。

1 件のコメント:

匿名 さんのコメント...

本田耕一館長様
 先日は管内ご案内有難うございました。その折に「宇和島さんさ」の高畠元館長の原稿が話題になりました。
 このレポートを是非読みたいのですが、手元にプリンターがありません。何とかプリント追うとして戴けないでしょうか?3月初めに取りに伺います。宜しくお願いします。
          2月28日 神津陽 拝